座標ゼロに立つ。風見鶏のように翻弄されるベクトル。私は何処へ向かおう…

7・私と言う生き物の培養液(7)
7《私と言う生き物の培養液》(7)

憧れの家庭


はじめに、お読み下さい。⇒こちら

このテキストは、
私が、人間としての執着や愛情を受け入れられず、一般の人より感情が希薄な原因と答えを探り、
将来へのスタンスを見出すために、自分の過去を書き出したものです。
よって、小説のような面白さも、奇想天外な事件性もありません。
読まれる方は、そのことを踏まえて、過度の期待を抱きませんようにお願いいたします。

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risou no katei

7《私と言う生き物の培養液》(7)

憧れの家庭



私達(母と私)は、なかなか受け入れ難い時代錯誤的な環境に放り込まれた、
同胞のような関係の女子二人である。


母はごく普通のサラリーマン家庭に生まれた。
高校を卒業すると間も無く(19歳くらいか)、親の決めた相手と結婚した。
写真を見ただけの相手だったらしいが、断るほどの印象の悪さも無かったのだろう。
それなりに覚悟を決め、受け入れて嫁いだ。

いきなり、13人という大家族の中に放り込まれ,家政婦的役割を担わされ、
農家の嫁と職人の妻という生活が始まる。
そして、私を産み、何が原因かは分からないがある病気で2年ほど入院した。
退院後も自分の自由な時間など勿論無い、13人という大家族の慌しい生活が繰り返される。
毎日が母にとっては生き地獄だったろう。

しかし私に助けを求められても…、私は子どもだ。
子どもなりにやりたい事も、やらなければいけないことも沢山ある。
可哀相な母の心情が見えていながら、私は知らない振りをした。
そんな大人の事情にごく普通の子どもの自由を奪われたくなかった。

それでなくても、男子に負けないくらい腕力が付くという、
日に2回の2升の米研ぎと13人分の後片付けは、旅館じゃあるまいに、
小学生の子ども(自分)には理不尽だという不満があった。

子供が机に向かい教科書を開き、学校の宿題や予習復習をしていれば、
普通の親は喜ぶものじゃないのか?
そして、分からない問題があれば親に聞き、親も顔を突き合わせて丁寧に教えてくれる…、
私の理想だった。

よくテレビドラマなどで、こんな都会の家族風景がある。
仕事から帰った父親が、テレビを見たり遊んでる子供に向かって、
「テレビばかり見てないで、(遊んでないで)勉強しなさい。」と言う、
あの風景…、私の理想だった。

最近は、「ゲームをしていると、『勉強しろ!』と親が煩いから殺した」なんて話が、
当たり前のように聞えて来るけれど、短絡的で情け無い話だと思う。
代わるわれるものなら代わって、私がその環境でやり直したいものだと未だに思う。

ここで言い加えるなら、うちには、私たち子供にテレビのチャンネル権はなかった。
だから「テレビばかり見てないで…云々」と言う状況がそもそも無い。
そして、就寝時間は8時と決められていた。
お金を稼いで家族を養う父親は、絶対的存在であり、当然、口答えや反発など許される筈がない。

テーブルの上の母の作った食事を囲んで、学校の話や友達の話、授業の事、先生の事…、
そんな他愛もない会話をしながらの夕食時の一家団欒…、
私の理想だった。

私の父は日常口癖のように言った。
「勉強なんかしなくていい。さっさと学校の道具(教科書等)を片付けて、ご飯の手伝いをしろ。」
そして二言目には
「そんなに勉強しなくていい。どうせ嫁に行くんだから(嫌いな言葉だ!)。」
こうも言った。
「勉強しすぎて大学へ行きたいなんて言われちゃ困る。教師や医者や政治家にになるなら別だけど」
(父にとっては教師、医者、政治家、他公務員は立派な職業で、それ以外は問題外であった。
女がキャリアを持って、家庭より仕事をする事など以ての外である。)

あまりに思考が飛躍しすぎていて、発想が狭すぎて、情けなくて、
これが自分の父だという事が、嫌で嫌でたまらなかった。
母も母らしくは無かったが、それ以上に私は父親が大嫌いだった。
この父親の血が自分に流れていると思うと体の中から掻き出したくなるほど悪寒がした。
自分が存在する事が許せなくなりそうだった。

私は、この父親の元にいたら、或いはこの父親がいる限り、『私には人生の選択肢はない』という、
一歩間違えば殺意に変わりそうなほどの嫌悪を抱き始めていた。
幸い私の場合それの矛先は、父や自分への殺意では無く、
その後実行するべく、この環境からの脱出計画へと向いていった。

今思えば、こういう発想は、開拓移民の祖父の意気地の影響かもしれない。
今も何かと思い悩み混乱に陥り易い自分だが、根底にある『現状打破』の意識に維持されている。

あ、そうか。
物心付いた時から座右の銘を聞かれると返答に困ったが、私の座右の銘はこれか。
今までなぜか、『臥薪嘗胆』が頭から離れなかったが、
自分ではそんなものいらないと思っていたので、座右の銘にする事ができなかった。
この年齢になって、こんなものを書くようになって、初めて見つけた。
私を支えていたのはこれだったんだ。『現状打破』
辛うじて私の正気を維持していたのは、やはり祖父の存在だったのか。

その後も、あれこれ父の迷言に私は縛り付けられながら、青春時代をすごすことになる。




(続く)



追記:
ブログを書いて、初めて気付くことが多々ある。
しかし今日気付いた、座右の銘にするべく『現状打破』と言う言葉は、
現実世界の表の顔の私には凡そ似つかわしくない言葉である。
他人の目には、打破しなければいけないような環境に置かれているようには見えていないから。(笑)
それでも、こうして気付いてたことに感謝。



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Comment

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No title
う〜ん、ちょっと僕の場合と似ているかも、、。
勉強しているとよく叱られたものです。成績、良いと機嫌悪かった。
昔はあなたのお父さんのような人、珍しくなかったですよね。

あ、それから前の記事のあなたのコメント、「長靴をはいた猫」、、確かに歳のわりに、おそろしく子供っぽい(笑)
でも「百万回生きた猫」の方が好きです。



バカ猫 | URL | 2008/08/30/Sat 00:37[EDIT]
バカ猫様へ
コメントありがとうございます。
似てますか?
ふと思います。どうして自分の望む環境に生まれることができないんだろう?って。
でも最近、自分の子孫の人生の為の、私はジョイントの役目なんじゃないか?って思います。
考えてみたら、父も自分の夢を断たれた人だから。
ならば、私が『現状打破』をしなければいけない、子孫も同じ能力と遺伝子を引き継ぐ運命なら、
私の子孫の為に道を作らなければ、という想いです。
夢を断たれるのは私で最後にしなければと思います。

『長靴を履いた猫』が、生きるということを物質面から解決していった現実的なお話なら、
『百万回生きた猫』は生きるということを精神面から向き合ったお話でしょうか?
もう一度読んでみます。
雨月露花 | URL | 2008/08/30/Sat 17:54[EDIT]
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